第三十七回修験伝法教校

2008年末


仁和寺密教学院を卒業して、はや年の瀬を迎えました。
夏からは御縁があり修験の方にも参加し大峰山・葛木山・石鎚山などの入峯も経験しました。
そして、今回は修験の奥義ともいえる柴燈護摩の伝授の為の灌頂を受けに12月4日から8日まで総本山醍醐寺に行ってまいりました。とは言っても3年(初級・中級・上級)の1年目なのですが・・・

灌頂とは頂(いただき・頭上)に水を灌ぎ正統な仏の弟子の継承者とする為の儀式です。インドでは昔、王位継承の儀式で使われていたのが密教に取り込まれ現在に至ります。
4泊5日の行程で主には事相・教義の講義がありその後に灌頂・法要があります。約5.60人の受者がおり性別・年齢・職業関係なく参加していました。当然私が最年少なのですが、最近はだいぶ慣れてきた所です。余談ではありますが先日ようやく20歳になりました。

受者は伝法教校の間は食事の準備をしたり掃除、布団の上げ下げ等々をしなければいけませんが、これも下座行といって修行のプロセスの一つなのです。しかし修行といえども普段、私達が当たり前にやってるいる事を当たり前にやることだけなのですが、なかなか簡単な事では無いとおもいます。
最初の3日目までは講義があり読経や修験者の心得、荘厳の仕方を教わります。修験の事相・教義に関する事や流派の違いが分かりとても勉強になりました。特に密教と修験は非常に密接な関係にあり、そのどちらもがお互いを尊重しあってるようにも思いました。また荘厳の講義(仏具の並べ方、本堂内の様子)で「信は荘厳から」というの聞いて改めて<荘厳ー美しく厳かに>と言う意味の大切さを再認識しました。 

4日目に灌頂があり深夜に起床し沐浴をして灌頂の為の閼加作法(仏に捧げる水をくむ作法)をして灌頂入壇にいたります。12月の京都は身の切れる寒さではありましたが、学院の雪の日を懐かしく思いました。
受者は1つの部屋で御真言を唱えながら名前を呼ばれるの待ちます。呼ばれる間は始終正座でただただ痛かったです。受者は呼ばれるとお堂に通され灌頂を受けます。灌頂は厳かで張り詰めた雰囲気がより一層身を奮い立たせ不思議な感覚になりました。灌頂とは言葉や文字では言い切れない物があり受者だけが感じて知ることが出来る特殊な儀式だと私は思います。          

終わってみればあっと言う間のように感じますが、4泊5日の中で沢山の事を学び感じ取れたように思えます。このような素晴らしい灌頂に参加できた事を誇りに思い、よりいっそう精進に励みたいと思います。また伝法教校に参加することにあたりお世話になりました師匠、醍醐寺の方々、その他様々の人のおかげで無事成満出来た思います。有り難うございました。来年もお世話になろうかと思いますが宜しくお願いいたします。




 合掌 童銅海純